フォトグラファーだからこそできる撮影ディレクション:西村 一光氏 #3

前回までは私のフォトグラファーの駆け出し時代の経験についてお話しさせていただきました。今回からは少し実践的な内容をお話しさせていただきたいと思います。


フォトグラファーに求められる能力はここ15年で大きく変わりました。

一番大きな要素はデジタルカメラになったことです。

従来までは結果が見えないフィルムカメラだったので、まずは確実に写真を撮ることができるということが大事でした。極端な話を言えば、フィルムカメラできちんと露出を合わせて現像まで持っていくということだけでも素人には難しかったので、その部分だけでもプロにアドバンテージがありました。

デジタル化以降、誰でも露出とピントがあった写真が撮れますし、背面液晶を見てうまくいってなかったらうまくいくまでやり直せば良いのでちょっとした撮影でプロにギャラを払って頼むことはほとんどなくなったと言えると思います。

従来までの広告フォトグラファーの現場では、アートディレクターが完璧なカンプ(ラフスケッチ)を用意してきて、その通りに画を作るのがフォトグラファーのメインの仕事でした。もちろん、カンプがあっても最終的な味付けは緻密な作業ですし、簡単な仕事ではありません。今でも大きな現場ではこの図式で動いています。

ただし、中規模以下の現場に関しては予算もあまり多くないためアートディレクターやデザイナーがいたとしても作業は最小限になり、フォトグラファーはただ撮影だけをするのではなく、画作りそのものを一からできること、つまりディレクション能力が求められるようになってきています。


私自身の雑感としては2010年ごろから特にフォトグラファーにディレクション部分を丸投げするケースが増えてきたと思います。弊社ではちょうど2011年ごろから自社のWEBサイトを立ち上げて、そこで仕事を受注することを始めました。

この段階までの私は前回のお話にもあった通り紙媒体中心で出版社等と取引していたのですが、毎年下がっていくギャランティに耐えられなくなってきていたというのが正直なところです。

WEBサイトで受注することについて当時はただ撮影の仕事を請ける感覚でしかなかったのですが、蓋を開けてみて驚きました。

それまでとは打って変わって、デザインや撮影がどういうものかという知識を持たない製品を作っているメーカーさんから直接受注が来るようになったからです。

制作会社やデザイン事務所からの受注との違いは、メーカーさんは写真の使い方こそある程度のイメージがあれど、撮影そのものに関しては全くの素人なので、こちら側で撮影でどんな画を撮るのか、というそもそもの提案をすることが必要でした。

例えば商品を撮るとしてもどのような背景で、どんな光で、どんな小物を使うのかをこちらから提案することを求められるようになりました。

もちろんディレクターというポジションの人が入ってフォトグラファーは撮影だけに集中できるケースもあるにはあるのですが、ただ写真を撮れるだけでは競争力が弱い、そんな時代になってきたのだと思います。

やることが増えて大変とネガティブにとらえることもできますが、この時代の変化は逆に言えば画作りの主導権を握りたいと思ってきたフォトグラファーにとってはとてもポジティブな変化だと思います。

特に撮影のディレクションはフォトグラファーだからこそできることがたくさんあります。フォトグラファーとしてディレクションする場合、最終的にどういう画になるかがわかっているのでディレクションがしやすいというメリットがあります。

フォトグラファーとして生かせるメリットとしてはやはり、レンズの知識(画角、ボケ味、遠近感、距離など)、ライティングの知識(現場の明かりも含めたトータルの光の演出)、モデル撮影の場合は表情などの演出を含めて実践的なことがわかっているので、より緻密に最終的な画をどう持っていくのかの提案ができます。

また、撮影時間や場所の制限から逆算してできないこともわかるので、現実的に無理な提案をしてしまって現場が混乱するということも少ないです。


具体的なワークフローですが、まずは撮影依頼があって撮影の準備がスタートします。

すべての案件であるわけではないですが、事前打ち合わせ等がある場合はここでクライアントから撮影の意図や写真の使用範囲、商品の説明等をヒアリングして適切な撮影プランを練ります。いきなり撮影が行われるケースでも撮影前の時間で同様のヒアリングを行います。こちらから提案することになるのですが、まずは適切なヒアリングが大事です。

この次の段階で必要あれば参考画像等を提案して共有し、撮影の仕上がりの状態をクライアントと共有します。ここがしっかりなされていないと現場での撮影が混乱してしまうのでとても大事なプロセスです。

そして撮影場所や撮影に使う小物や背景等があればその確認も同時進行で済ませておきます。

そして撮影日当日。カメラは必ずパソコンにつないで画像を確認しながら行います。小回りが必要な撮影であればカメラの背面液晶でも問題はないのですが、パソコンの場合例えば最終的なトリミングに近い状態で確認してもらう、文字が入る写真であれば文字位置も考慮の上確認する等、より最終的な使用方法に近い確認ができるので、弊社では可能なかぎりパソコンを使用します。

撮影時は立ち合いのクライアントもいろいろと要望を出してくると思いますが、私は必ずしもすべてクライアントの言う通りに撮るのが良いとは思っていません。クライアントが意図している結果が出るように時には要望に対してこちらの意見をはっきりと言う必要もあると思います。

私の場合は意見が食い違う場合はクライアントの要望の写真を撮ってみせて比較をしてみる等、なるべくコンセンサスを得やすい方法で説得を試みるのもディレクションのひとつだと思っています。現場でどういうやりとりがあろうと、撮った写真が一度世に出てしまえば関わったフォトグラファーの責任と捉えられてしまうのできっちりとディレクションして仕事に対して責任をとるのがフォトグラファーのあり方かなと思います。

今回はディレクションについて語らせていただきましたが、次回はさらに広げてプロデュース力、そしてブランディング についてお話させていただきたいと思います。


※ラボネットワークメールマガジン2021年10月号の記事を再掲

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