これまでデジタルオンデマンド印刷での出版事例を中心に紹介してきましたが、それは主にオフセット印刷の補完としての活用でした。今回は、デジタル印刷だからこそという事例と制作・流通面から出版のあるべき将来像についてお話ししたいと思います。
もっとも成功したデジタルオンデマンド印刷による出版
2017年小学館から『運慶大全』という美術書が刊行されました。鎌倉時代の彫刻家運慶が手掛けた全仏像を網羅した、B4判/上製/函入り/392頁という豪華本です。これは、東京国立博物館特別展「運慶」と連動した出版企画でしたが、60,000円という高額にもかかわらず、新刊時に1,000部以上売れ、今でも最小50部の重版をしていて8刷に達しているそうです。単純計算してみても大変な売上げだということが分かります。
この本の印刷は、オフセットではなく枚葉のデジタルインクジェット機で制作されたと聞いています。事前に印刷会社と綿密な打ち合わせを行うことで実現された、高品質なデジタル印刷活用の先駆けであり、かつ最も成功した本でしょう。もし手にする機会がありましたら、1頁ずつじっくりと見てみてください。オフセットを凌駕するその品質に驚かされることでしょう。
デジタル印刷で、小ロットかつ高品質、在庫リスク低減
出版社は、これまで豪華本を刊行する際は、営業のリソースを集中し、全国の書店外商部から事前注文を集め、店頭販売予定数を追加してオフセットで一度に印刷していました。
実売が予想数に届かなければ、当然在庫・廃棄リスクが増します。高額本のためダメージは大きくなります。
そのため美術関連の印刷物を中心に、品質が格段に向上してきたデジタル印刷で、初版から重版までを一貫して制作するといった事例が増えてきています。これからは一定のニーズがあるものの、発行部数が少なく単価の高い出版物(人文書・理工書・美術書など)で、初版からデジタルオンデマンド印刷で刷ることが進んでいくでしょう。
スマートパブリッシング
出版コンテンツを、読者ごとにカスタマイズして出版することをスマートパブリッシングと言います。例えば、特定の読者向けに作家の全集のなかの好きな作品だけで1冊にまとめる、絵本の主人公の名前を子供の名前に変えるなど、多様なアイデアから従来のオフセット印刷では実現できなかった、新たな出版物が生まれ始めています。まさに小ロット出版を可能とした、デジタル印刷機ならではの特徴です。
オフ・デジハイブリッド出版
これまで紹介したオフセットとデジタルオンデマンド印刷を状況により使い分ける印刷をオフ・デジハイブリッド印刷と言います。更にそれに電子書籍を連動させるとハイブリッド出版となります。最近では本の制作段階から、紙と電子の両方に対応する制作データを作成する出版社も増えてきました。
将来的には、読者の要望に応じて、紙(オフセット・オンデマンド)も電子も区別なく出力し提供する時代がやってくるでしょう。そうすると読者は好きな形態で本を読むことができ、品切れという概念も無くなってきます。
出版ライフサイクルマネジメント(LCM)による、生産・販売・在庫の最適化
出版ライフサイクルマネジメント(LCM)とは、出版物の企画段階から、生産(初版・重版)、販売(配本・追加注文)、在庫(取り置き・返品・改装)といった出版のライフサイクル全体を通して、適正に管理をすることを言います。
オフセット印刷とデジタルオンデマンド印刷の場合で考えてみましょう。
①オフセット印刷のみの場合
例えば、初版が1,000部で、重版の最小印刷ロットが500部の本の場合で考えます。取次配本を700部とし、300部は在庫として取り置いたとします。
追加注文や客注でその300部の在庫が0に近くなったとしても、重版の決断ができないような売れ行きの場合、保留注文が印刷最小ロットである500部に達するまで、通常重版はされません。
ようやく注文がたまって重版が出来、出荷したとしても店頭の動きは刊行当初より落ち込んでいることが多く、実は返品でやりくりできるくらいの需要になっているかもしれません。(生産>需要)
また、メディアなどで紹介され、急に売れ行きが良くなった場合は、重版までの期間、販売機会を喪失してしまいます。(生産<需要)
今日のネット社会では、SNSなどの影響により、地域、読者の属性や期間による売れ行きの偏りが顕著になっており、売上予測は更に難しくなっています。売れ良き予測を精緻に行い、常に適正在庫を持ち、タイミングよく出荷ができることは極めてまれです。(生産=需要)
生産と需要の予測がうまくいき、平均40%弱と言われている返本率が、5%に収まったとしても、100万部のベストセラーの場合はどうでしょう。5%でも5万部の在庫を抱えることになります。今日のSDGsの観点からも手放しでは喜べないかもしれません。
②オフ・デジハイブリッド印刷の場合
初版1,000部はオフセット印刷で行い、売れ行きと在庫を見ながらデジタルオンデマンド印刷で300部以下の小ロットで刻んでいきます。
オフセット印刷は大量生産をするため、印刷コストは低めに抑えられますが、返品や在庫が多い場合、結果としてトータルコストが増大します。一方、デジタルオンデマンドによる印刷は、印刷コストは割高になりますが、返品率や在庫は改善されます。
新刊時からしばらく時間が経過し、既刊本として売れ行きが落ち着いたら適正在庫数を決めていき、不足分のみをデジタルオンデマンド印刷で在庫調整をしていきます。
最終的には最小限の在庫しか持たず、ほぼ受注生産としながら、少量ずつを重版し読者に届けることが可能です。
集めて、まとめて、束ねる印刷
現在は、数十部での重版までは実現ができ始めています。理想とされる、1冊ずつの受注生産については、技術的には可能ですが、コスト面や納期、対応できる書籍の仕様の点で、まだまだ課題が残ります。
多くの出版社が、デジタルオンデマンド印刷を活用するようになり、各出版社からの注文を集めて、生産タイミングを合わせることで、デジタル印刷機を効率的に稼働させることができれば、1冊の重版でもコストが見合うようになります。
実際、アメリカではそれが実現ができています。(#1ライトニングソース社参照)
そのための資材や仕様の統一などの課題は、これまで連載してきたとおりです。
いつでも必要な本を、必要としている読者に
これまでお話してきたように、デジタル化された出版コンテンツがあれば、紙でも電子でも本にすることは技術的に可能になりました。
現物を手にすることができる紙の本は、7.8世紀の木版印刷の時代から連綿と続いている確かなものです。今後も完全になくなることは無いと考えられますが、出版という文化を持続していくためには、著者や出版社、印刷会社や物流会社、書店も読者までもが、少しずつあり方を変えて行く必要があるのだと思います。
便利な電子書籍はスマホやタブレットなどの情報端末があれば、いつでも読むことはできますが、購入しても所有物とはならず、書籍を電子で読むことの利用権扱いなので、ネット書店が閉鎖された時や、そもそも技術やフォーマットが変更になれば閲覧不能になる不安が残された状況です。出版業界のDX化がますます加速していくなかで、持続可能な電子書籍出版も、そう遠くない未来には実現されているのだと思います。
いつの日か、いやかなり近い将来、デジタル技術を活用し、紙と電子どちらでも「いつでも読みたい本を、必要としている読者に届けられる出版」が実現することを願いつつ、本稿の筆を置きます。
最後まで読んでいただき有難うございました。
(終わり)
・重版をすると、初版で出した利益が無くなってしまう…
・重版はしたいが、在庫を余らせるリスクがある…
こういった理由から、重版を見送りにした経験はございませんか?
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