探究こそがすべて。プロフォトグラファーの技術論:西村 一光氏 #2

探究こそがすべて。

プロフォトグラファーの技術論

今回は2回目となります。


第1回は私がコマーシャルフォトグラファーを志した経緯についてお話させていただきました。

ポートレートページを担当できることになり、それまではほとんど必要のなかったライティングのスキルが必要になってきました。今回はこの経験を通して私なりに感じたフォトグラファーと技術ということについてお話したいと思います。

前回お話ししてきた通り、私はきちんと師匠について修行を行っていないためライティングの知識がほとんどありませんでした。最初にいたブライダルの事務所で数回と大手の広告制作プロダクションを見学したときに一度プロの現場を見ただけでした。

そしてやってきた韓流俳優のポートレートの仕事。過去の掲載写真や韓国で撮られた俳優さんのオフィシャル写真を見る限り、バリバリにライティングしてカッコよく撮るという方向性であることは間違いありませんでした。

一応ジェネレータータイプのストロボはいくつか所有していたのですが、作品撮りで友人のモデルに時間をかけて付き合ってもらって撮影をした経験しかない私には、多忙ゆえに数分しか撮影時間を与えてもらえない韓流俳優の撮影に対応するには研究が必要でした。

最初の撮影が決まった夜、当時住んでいた6畳間の狭い部屋の中でバック紙をたらして、そのとき撮影する俳優さんを想定してライティングを組んで研究をしました。とことんライティングを詰めた上で現場にいきたいと思ったので、自分を被写体にしてセルフタイマーで何度も撮影しながら、ライトの場所や向き、距離を入念に調整しました。

編集長が2種類ぐらいバリエーションを見たいと話していたので、短い時間でジェネのコードだけを差し替えて2パターンのライト作れるような仕掛けも作りました。

そして迎えた撮影日。

長期ローンでやっと買った愛車のワゴンにたくさんの機材を積み、大学の後輩にアシスタントをお願いして、完璧な体制で現場に挑みました。頭の中では何度も撮影の成功イメージをシミュレーションしながら、都内の高級ホテルの廊下を機材の台車を押しながら歩いていくと、なんと前のテレビ取材が押してしまって1時間待ってほしいと言われてしまいました。

完璧なシミュレーションをしていたのにいきなり出鼻をくじかれるハプニング。このときの私にはこの1時間は半日か丸一日ぐらいの長い時間に感じられました。

長い待ち時間の後でやっと撮影場所に入ってセッティングに入る許可がでて、高級ホテルの宴会場に入りました。私もシミュレーションしていたことをもう一度思い出し、一個一個確認しながらセッティングを組みました。そして迎えた運命の撮影タイム!

ここでも一つ不利な条件がだされます。本来の撮影時間は10分だったのですが、スケジュールが押しているので3分ですべてを終えてほしいと言われてしまいました。

それでもとにかくやるしかないので、最初のカットを1分、セットチェンジはアシスタントと二人で30秒、2カット目をまた1分で撮影して最後30秒遊びのカットを撮ろうということになりました。

そこからは無我夢中であまり憶えていないのですが、俳優さんはとても素晴らしい笑顔で登場してくれてすぐに1カット目を撮影ができ、ちょっと照明を落としたもう1カットもカメラの液晶を見せるとすぐに意図を汲んでくれてかっこいい表情をしてくれました。撮影時間が本当に3分だったのかは定かではありませんが、結果的には成功で、すばらしい写真がたくさん撮れて編集部での評判も上々でした。

そこから次々と仕事が舞い込んで規模も大きくなって、という映画のようなサクセスストーリーではありません。1件、そしてまた1件と仕事をこなして一歩一歩進んでいきました。韓流のポートレート撮影ではとにかく撮影の速さとライティングのカッコよさ、バリエーションがあることなどが重要でそれに合わせて研究をしましたが、仕事が違えば求められることが違うのでその都度ライティングや撮影方法を研究しながら挑んでいきました。

このときの経験が今でも私の中では活きているのだと思います。

今回のタイトルでもある「探究こそがすべて」という言葉どおりで、ライティングのみならず写真に関わるあらゆる要素は時代とともに常に変化していきます。

人気のラーメン店はずっと同じ味を守っているように見えて、時代とともに少しずつ味を変化させているなんて話があるように、フォトグラファーも時代とともにスキルを常に探究してブラッシュアップさせていく必要があると私は考えています。


冒頭のエピソードは2000年代中頃のことですが、当時はデジタル一眼レフがようやくプロに普及してきたタイミングでまだフィルムのみで仕事をしていたプロもいた頃ですが、現在では数万円でフルセット買うことのできるミラーレスで当時のプロ機と同じような写真を撮ることができますし、スマホでフィルターをあてれば十分に映える写真が撮れます。

フォトグラファーに求められるスキルもカメラの操作やライトといったものだけではなく、今は全体的なディレクションやプロデュース能力のほうにシフトしていっていると思います。

ではそんな時代では下積みをして技術を得ても何も価値がないのかというとそうではありません。

たとえばライティングのスキルひとつとっても、今では明るさが足りなくても感度の設定を上げれば明るく撮ることもできるので明るさのためにライティングをする必要は減りました。でも被写体をキレイに、もしくはカッコよく見せるという目的のためには光をコントロールする必要があります。

例えばライト自体は使わず、地明かりで人物撮影をするとしても、どこに立ってもらえば地明かりがキレイに当たるのかというノウハウはライティングの技術が活かせますし、そういう知識の部分はいくら機材が高性能になったとしても価値がなくなるものではないと思います。

そして今求められているディレクション能力があるフォトグラファーという要素にも技術があることが密接に関わってきます。


次回はディレクションの側面から今後求められるフォトグラファーのスキルについてお話していきたいと思います。


※ラボネットワークメールマガジン2021年9月号の記事を再掲

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